【司法書士監修】自分で作成した遺言が無効になる?遺言作成で注意すべき3つの落とし穴

落とし穴

遺言を作成する際には、つい「誰に」「どの財産をあげるのか」ということに注意がいきがちです。しかし、遺言は未来を予測して作成するものであるため、自分が想像していた通りになるとは限りません。
また、せっかく遺言を残しても、その遺言の内容を実現してくれる人がいなければ絵に描いた餅となってしまいます。

今回の記事のポイントは、下記の3つです。

  • 予備的遺言の定めがない場合、遺言が無効となってしまい、自分が望まない相続人に財産が渡ってしまううケースもあるため、遺言者と受遺者の年齢が近い場合などは注意が必要。
  • 遺言執行者が選任されていない場合、相続人全員の協力が必要とされるケースがあることや、後から遺言執行者を選任する場合には、家庭裁判所への申立てが必要となり時間を要するので、遺言を作成する際には遺言執行者を選任しておくことが大切。
  • 民法改正により、遺言があるだけでは財産を受け取る相続人は保護されないため、相続が発生したら、いち早く相続登記を行わなければならない。

今回の記事では、遺言の実現に関わる重要なポイントではあるけれど、見落としがちな遺言書作成の際の落とし穴について、民法改正にも触れながら解説していきます。

予備的遺言とは?

「遺言者の有する一切の財産は、妻〇〇に相続させる」という遺言を残したとします。
遺言を作成する時には、妻よりも自分が先に亡くなると仮定して、このような遺言を作成しますが、病気や不慮の事故で妻が先に亡くなることがあるかもしれません。

では、このような遺言を残した場合で、もし妻が遺言者よりも先に亡くなってしまうと、誰が遺産を受け取ることになるのでしょうか。
民法944条1項で、「遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じない。」とされています。
また、「相続させる」旨の遺言の効力については、『「相続させる」旨の遺言は,当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、遺言者が、上記の場合には、当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはない。』(最高裁平成23年2月22日判決)とされています。

つまり、受遺者(財産を受け取る人)が、遺言者よりも先に死亡していた場合は、遺言は無効となるということです。
先程の事例に当てはめると、もし妻(受遺者)が遺言者より先に亡くなってしまうと、遺言は無効となり、通常通りの遺産分割協議が必要となります。
遺産を渡したくない相続人がいる場合や、音信不通や行方不明などにより相続に関与することが難しい相続人がいる場合に備えて遺言を残しても、遺言が無効となってしまえば意味がありません。

そこで、このような場合に備えて、予備的な受遺者を定めておくものが「予備的遺言」です。
具体的には、以下のように定めます。

第○条
遺言者は、その有する一切の財産を、遺言者の妻●●(生年月日)に相続させる。

ただし、上記妻●●が遺言者より先又は遺言者と同時に死亡した場合には、その有する一切の財産を、遺言者の長男〇〇(生年月日)に相続させる。

上記のような定めをすることで、万が一、妻が遺言者より先に亡くなった場合でも、遺言が無効となることはなく、長男が財産を受け取ることができるようになります。

なお、予備的遺言を定めた方がよい事例としては、以下の3つの場合が考えられます。
①遺言者と受遺者の年齢が近い場合
②遺言者と受遺者の年齢は離れていても、受遺者が癌などの重い病気を患っている場合
③夫婦が互いに遺言を作成する場合

上記の場合、受遺者が先に亡くなることが十分予測されるので、予備的遺言は必ず定めておくのがよいでしょう。

 

遺言執行者とは?

遺言執行者とは、文字通り遺言を執行する人、つまり、遺言の内容を実現する人のことです。
遺言は、遺言者が亡くなって初めて効力が発生するため、遺言者が自ら執行することはできません。そこで、遺言執行者を定めますが、一般的には、相続人のうちの1人がなることが多いです。
遺言執行者は、「未成年者」と「破産者」以外は誰でもなることができるため、司法書士や弁護士の専門家を選任することもできます。
誰を遺言執行者に選任するかについては、相続人間の紛争性の有無や、遺言執行手続きの煩雑さを基準に判断することをお勧めします。

では、この遺言執行者は必ず選任しなければならないのでしょうか。
この点に関しては、「子の認知をする場合」と「相続人の廃除をする場合」には、必ず選任する必要がありますが、それ以外の場合には、遺言執行者が選任されていなくても問題ないとされています。

ただし、遺言執行者を選任することが法律上求められていない場合でも、遺言執行者を選任しておいた方が良い場合として、以下の2つがあります。
①相続手続きに協力しない相続人がいる場合
②預貯金の解約手続きをする場合

遺言がある場合の相続手続きに関しては、相続人が不動産を取得する場合のように、他の相続人の関与なく、受遺者が1人でできるものもあります。
しかし、例えば、相続人以外の人に財産を渡す「遺贈」をする場合には、相続人全員又は遺言執行者が受遺者に財産を渡す手続きをしなければなりません。
また、預貯金の解約手続きをする際に、遺言執行者が選任されていない場合には、相続人全員の実印と印鑑証明書を必要とする銀行もあります。
このような場合、たとえ相続人間の関係が良好と思っていても、自分が全く財産を受け取れないとなれば、手続きに協力してくれない相続人が出てくる可能性もあります。

なお、遺言書の中で遺言執行者が選任されていない場合、後から遺言執行者を選任することもできます。
ただし、この場合には家庭裁判所への申立てが必要となるため、申立て書類の作成や戸籍の収集などを考えると、遺言執行者が選任されるまでに、およそ1ヶ月くらいの期間がかかると思われます。

そのため、遺言執行者が必要ないと思われるケースでも、万が一に備えて、遺言執行者の選任をしておくと安心です。

 

民法改正による相続登記の必要性

2019年の民法の改正で、次の規定が設けられました。
「相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。」(民法899条の2)

つまり、「相続の時に、法定相続分を超えて財産を取得した場合には、相続登記をしないと、第三者に対抗することができない」ということです。

上記の条文を、具体的な事例にあてはめて考えてみます。

(事例)
Aには、長男B、二男Cの2人の子供がいます。長男Bには浪費癖があったため、「Aの有する一切の財産は、二男Cに相続させる」という内容の遺言を作成しました。
その後、Aが亡くなりましたが、二男Cはすぐに不動産の相続登記をしませんでした。その間に、長男Bの債権者が法定相続分で登記をし、長男Bの持分を差し押さえてしまいました。


なお、法定相続分(今回のケースでは、B持分2分の1、C持分2分の1)であれば、他の相続人の協力がない場合でも、相続人の1人が単独で相続登記を行うことができます。さらに、相続人の債権者は、自己の権利を守るために、債務者である相続人に代わって登記を行うこともできます。(このような登記を「代位登記」と呼ぶびます。)
そのため、長男B及び二男Cが知らないうちに、債権者によって相続登記がされ、差し押さえられてしまうことがもあります。

民法の改正前であれば、二男Cは相続登記を行わなくても、遺言書をもって長男Bの債権者に対抗することができ、差し押さえは不当である旨を主張することができました。
なぜなら、『「相続させる」趣旨の遺言があった場合、特段の事情のない限り、何らの行為を要せずに、被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるとされ、「相続させる」趣旨の遺言によって、不動産を取得した者は、登記をしなくても第三者に対抗することができる』とされていたからです。(最高裁平成14年6月10日判決)

しかし、民法の改正後は「相続登記をしないと、第三者に対抗することができない」とされてしまったため、先程の事例では、相続登記を行っていない二男Cは、長男Bの債権者に対抗することができず、不動産の所有権全てを取得することができなくなってしまいます。

このように民法の改正前は、遺言さえあれば期限を気にすることなく相続登記をすることができましたが、民法改正後は、いち早く相続登記を行う必要があるため、「遺言書があるから一安心」と考えていると非常に危険です。

まとめ

今回の記事のポイントは、下記の3つです。

  • 予備的遺言の定めがない場合、遺言が無効となってしまい、自分が望まない相続人に財産が渡ってしまううケースもあるため、遺言者と受遺者の年齢が近い場合などは注意が必要。
  • 遺言執行者が選任されていない場合、相続人全員の協力が必要とされるケースがあることや、後から遺言執行者を選任する場合には、家庭裁判所への申立てが必要となり時間を要するので、遺言を作成する際には遺言執行者を選任しておくことが大切。
  • 民法改正により、遺言があるだけでは財産を受け取る相続人は保護されないため、相続が発生したら、いち早く相続登記を行わなければならない。

今回の記事では、見落としがちな遺言書作成の際の落とし穴について、民法改正にも触れながら説明しました。

遺言書を作成する際には、遺言の形式はさることながら、「相続人や受遺者がどのような順番で亡くなるのか」「誰が遺言に書かれた内容を実現するのか」「いつその遺言執行の手続をすべきなのか」というポイントをしっかり押さえることが重要です。

上記のことは、実務の知識も必要となるため、一般の方では気づきにくいポイントだと思われます。
特に、民法改正に伴う相続登記の必要性については、法律の専門家でなければ、その重要性も起こりうるリスクも想像し難いのではないでしょうか。
このように、自分の想いを実現する遺言を作成することは簡単ではない場合もあります。
そのため、遺言を作成する際には、専門家に相談されることをお勧めします。

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